Ensemble VPO
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キョショーのこと
アンサンブルVPOの元メンバーに巨匠、もとい、「キョショー」と呼ばれる人がいます。
名前の由来はその風体からと聞いています。
褐色を帯びた肌、むっくり丸い身体を抱えるように座り、寡黙ながらも、
いつも異様な存在感を漂わせていらしゃいます。
チェロや指揮棒を手にすることもありますが、本職はピアノです。
ピアノを前にすると雰囲気が変わります。年輪を感じさせる額の皺に
薄っすらと汗を光らせたまま、彫深い目をじっとつぶります。そうして
しばらくしてから、太い指を鍵盤に置いて、そっと楽器を語り始めます。
さながら巨匠ブラームスの姿のようです。
キョショーは前述の通り、あまり多くを語りません。演奏も、テクニックを見せびらかすような「陽」の存在ではなく、「陰」の世界を探求されている気がします。そのため、普段のアンサンブルでは決して目立つ存在ではありません。そのせいなのか、色んな噂が流れ、いつのまにやら「実は、夜の街でも巨匠ぶりを発揮」などという話がまことしやかにあがっておりました。なんにしても実にミステリアスなおじさんなのであります。
そんなある時、私はキョショーと歌でご一緒する機会を得ました。
「三大テナー(実は惨大テナー)」と銘打って、団員から3人、イタリアのカンツォーネを披露するという機会です。もともと声楽を勉強されていたK氏のほかに、なぜか私とキョショーが選抜されました。
キョショー、実はお声はお世辞にも美しいとは申せず、どちらかというと、故山本元直純氏のようなダミ声をお持ちでいらっしゃいます。実際、歌をあわせてみても、カンツォーネの世界感の実現には、私同様苦労されていました。しかし、そこで私は『巨匠』の真骨頂を見たのです。
私がハモり部分で苦労していたにもかかわらず、なぜか録音ではさほど問題なく聞こえることがありました。実は、キョショーは私やK氏のコンディションにあわせて、音やバランスを絶妙に寄せてくださっていたのです。それに気がついたとき、あぁこの人には和声やメロディの景色がはっきり見えているんだなと感じました。私にとってキョショーから「巨匠」を感じた瞬間でした。
三大テナーの演奏の後の打ち上げで、あらためて尊敬の念をお伝えすべくキョショーの姿を探したのですが、なかなか見当たりませんでした。行方を他のメンバーに尋ねると
「キョショー?あぁ夜の街に消えていったよ」
… 私にとって、キョショーはまだまだミステリアスなままのようです。
2014/09/01 租狸庵山人
